屁持論 : リスクは逃げず乗り越えるもの ※taboo:禁制の, 禁忌 どれだけ自分が「あたりまえ」と思っていても、誰もがやらないことをするにはとんでもない勇気が必要なこともある。それは、周りから見れば「非常識」と思われかねない行為になるからだがや。 例えば、小学校の頃、トイレに行くにしても「ショウ」はよくても「ダイ」はタブーだったり、みんなでご飯を食べてて、お皿に最後のおかずが残っている場合、それを当たり前のように取って食べてしまうのはタブーであったり…。
ガリレオの「地動説」、ダーウィンの「進化論」、ダヴィンチの「人体解剖」、エジソンの「白色電球」、コロンブスの「地球説」など、今まで常識といわれてきたものをひっくりかえすタブーから「あたりまえ」のものが発見されてきているなも。
平成17年2月現在においてはライブドアの堀江さんなんかがそうではないだろうか? リスクを恐れて何もしない人よりは、野望であったとしてもリスクを恐れず乗り越えようとするその姿勢は、もし今回失敗してしまったとしても、おいらは尊敬の意をもって評価するなも。
ちょっと意味あいが変わるが、 「仕事で忙しいから」 ・・・と自分の本当にやりたいこと・必要なものをなにかにつけて言い訳してる自分がいることがあるなも。後になって「やっとけばよかった」と後悔しても、それはその人にとってその時本当に必要なものではなかったのだからしょうがなくなる。 発想やチャンスは忙しい時や逆境の時によく出てくるものなので、それを掴もうと思うなら、自分に制限をかけているものを解かないとあかん。それが「常識」や「秩序」だったりするから強敵だ。
人は、特に日本人は、周りと同調することで安心感を得ているもんだで、人とは違う考え方をしたり、自分だけがお金持ちや幸せになってまうことを願っているわりには「清貧思考」なのか遠慮してまっとるんだがや。 必要なことは、新しい発想をしたならリスクを乗り越え、それをなんとか実現させ、それをみんなで分け合う気持ちを持つことだがや。ドクター中松の「給油ポンプ」や日本の主婦の発明した「毛玉取り」など、その人の必要を形にしなければ、今でもみんなストーブの灯油をジョウゴで入れ、毛玉をカミソリで剃っているはずだがや。 * * * デザインしていく上でも同じことが言え、新しい形態・色などはそれまでの常識を打ち破る作業でもあると思うんだがや。 こんな感じで「常識外れ」ではなく、「常識を超える」発想は必要と時代の流れにリンクしているものなので、もし、「これ面白いな」と思ったことはドンドン挑戦していってちょ! では、バイちゃ!written by あやんぱ Posted by ayanpa | 発想編 |2005年09月17日 | Comments [0] | Trackbacks [0] トラックバックこのエントリーのトラックバックURL: コメントコメントしてください |
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